バランスをとる

何かすごくストレスを感じた時、自分を保つため、生きのびるために人は自分の意識と関係のないところでちゃんとバランスをとるものなのだと考えています。

大人だと「今自分はストレスを感じている」ということも分かるようになるし、その時は意識的に趣味で発散したり人に話してスッキリしたりと様々な方法でうまく帳尻を合わせて生活をすることができます。
しかし子どもは「ストレスを感じている状態」をまだ十分に自覚できないことも多いです。そのうえ行動範囲も自由な選択肢も少ないので、例えば「学校に行かない」や「万引きをする」や「誰かをいじめる」などの、周りから見ると心配をしてしまう行動や自分にも不利益になる行動につながる場合もあります。

自分でも何が原因でどうして行動につながったのかが分からないから「どうしてそんなことをするの?」と聞いてもうまく答えられないのは当然で「なんとなく嫌だから」とか「イライラしたから」とか簡単な言葉で終わらせてしまいがちです。
自分でも分からないことは当然周りにいる人だって分からないので、その行動自体はひとまず置いておいて、どのストレスのしわ寄せによるものなのか、どの問題と帳尻を合わせようとしているのかを探っていくことが大切だと考えています。

カウンセリングではそのようなことも一緒に考えさせてもらっています。その行動自体を無くすというより、自分で自分の状況に気づき理解することが大切だと思うので、その方向でお話を聞くようにしています。自分が理解できれば対処法を考え、それを練習して今後に生かしていけます。

子どもを例として挙げましたが、子どもに限らずストレスや不安を抱えておくことも解消することにも不慣れな場合、無意識のうちにそのストレスと生きるためのバランスを取る行動をしてしまうものだと思います。自分にとって良い行動なら問題ないのですが、そうではない場合は、一度立ち止まって考える時間が必要なのかもしれません。そういう時にカウンセリングを利用するのも良いかと思います。

教えないようにして教える

「教えないようにして教えることでしか身につかない」というようなことを何かの本で読んで、とても印象に残っています。自分もこのような仕事をしている中で「そうかもしれないなぁ」と思うことがしばしばあります。

「教える」というのはどこか一方的な感じも含んでいると思います。どれだけ一生懸命に説明しても一方的なことはあまり残らないとこれまでの経験でなんとなく感じてきました。
だから、例えば相手に「これは分かってもらわないと困るな」というところほど、相手と同じ目線になって一緒に考えるというような姿勢を心がけています。ここに「教えないようにして教える」という要素が入っているのかなと思います。

分かってもらいたいことや伝えたいことがあるときほど、こちらの熱量が高くなって一方的になりがちです。私はそれでよく失敗をします。そういうときに落ち着いて相手に合わせ、一緒にボリュームがあがっていくような伝え方ができるようになりたいなと思います。

貯めておく

幼い時期から思春期まで人にとっていちばん重要な期間に、どれくらい「大切なもの」を貯めておけるかがその後の人生の支え、燃料、土台になると考えています。

「大切なもの」というのは、人に優しくされたり、大切にしてもらったり、うれしいことがあったり、頑張ってみたことが成功したり、誰かに感謝されたり、お腹が痛いくらい誰かと笑ったり……etc
どれだけ細かなことでもいいし、家族・友人・他人などに関係はありません。その人が思い出した時に体や心があたたかくなるものであれば何でも良いです。

それさえ心の中にコツコツと貯めておくことができれば、その先にどれだけ絶望的な出来事が起きても大丈夫なような気がしています。大変なことが起きても落ち込まないというのではありません。一番下まで落ち込んでも、最後の一歩は決して踏み込まないだろうということです。人を殺したり、自分を殺したり、心の病気に深くまで蝕まれたり、そういうところに、です。

もちろん「大切なもの」ばかりで埋めることはできません。失敗して、嫌な思い出も消したい過去も山盛りできますが、それと同じくらいの「大切なもの」を貯めておけば大丈夫です。

何でだと言われてもうまく説明ができないのですが、このことに私はかなり確信しています。
「将来困らないように」ではなく「将来絶対困ることがあるんだからコツコツ貯めておこう」と、そう思ってここに来てくれる人にも接しています。どんなに小さなことでも残るものがあればラッキーだなと思っています。

「ああもう無理だ終わりだ」と思った時にそれらが知らぬ間に支えてくれます。「あんな楽しいことがあったんだから頑張ろう」とかそんなんじゃないです。絶望のときにそんなこと思い出す余裕はありません。最低限自分を守る行為を無意識にする燃料になってくれます。たぶんそんな感じだと考えています。

思春期過ぎたからもう貯めても仕方がないのか?ということでもありません。その時期までに貯めておくことに越したことはないのですが、だからってこの先も生きないといけないので、今からでも貯めるべきです。
大人だとある程度自分で動かないと誰もやってくれないので、多少の努力は必要になってくると思います。難しければぜひカウンセリングに来てください。私も一緒に考えます。

関係すること

「コントロールするのではなく、関係する」という河合隼雄さんの言葉があります。

私はだんだん大人になってきて、これまでの経験からして「相手を変えることはできないし、コントロールできたとしても後に必ず歪みが出てくる」ことが分かるようになりましたが、それまでは「こうした方が相手にとって絶対良いに決まってる」とか「相手のことを思って」とか真剣にそう考えて行動をしていました。
相手も「そうかも。そうするわ!」と口では言っても結局そうはなりません。自分発信で変わりたいと思わない限り変われません。自分に置き換えてみてもそうだと思います。

そう考えるようになってから「やるって言ってたのにやってない!また裏切られた」と腹を立てたり落ち込んだりすることに「私はいま無駄なエネルギーを消費しているのでは…!」と気づいて、スッと切り替えられるようになりました。

でも、変えられないからといって放っておくわけにはいかないこともたくさんあります。その時に「コントロールするのではなく、関係する」ということを思い出すようにしています。
「関係する」ということを「関わり合いの中で折り合いをつけていったり、共に変化していく」というような感じで私は解釈しています。例えば、お互いが「まぁそれならいいか」という程度の納得ができるように擦り合わせていく。お互いにほどよい距離感を調節していく。などの作業をしていきます。
そのときに「絶対こうでなきゃ!」という思いが邪魔になるのですが、手放すのが難しい思いでもありますよね。でもそれは頑張って手放すしかないと思います。そこがいちばんの頑張りどころなのかもしれません。それさえ手放すことができれば、視野が広がるので必ず考え方に変化が生まれます。

親切にしてもらったとき

人から親切にしてもらったとき、ソワソワしてしまうことってありませんか?私はよくそうなってしまいます。
ソワソワと落ち着かなくなる感じというのは、例えがすごく変ですが、よくアニメとかで爆弾を手渡された時みたいな感じです。火がついていて、もうすぐ爆発しちゃう!って手に持ったままあたふた走り回るシーンのような、あんな感じです。

そのやさしさを「ありがとう」って受け取るだけでいいのに、どうしてそれができないんだろう?と考えると、素直に感謝する気持ちと「やさしくされちゃった!私もちゃんと返さなきゃ!」という焦りがセットになっているからなのかなと思いました。
それはどうして?と考えると、もらった親切や優しさを自分の中に留めておくことに不安があるのかもしれないなと思います。「こんな良いものを私がもらっていいのか?」とか「それは私に見合ってないのにこの人後でがっかりしないかな」とか自信の無さにつながっていそうです。

相手の好意は相手のものです。私がどれだけこねくり回しても変えることはできません。これは自信の無さに隠れているけど時手をコントロールしようとしている面もあるように思います。そう考えるようになって「またできないことをしようとして勝手に不安がっている自分がいるな。素直になりましょう。そのままありがたく受け取りましょう」と自分をたしなめよことができるようになりました。
自分のことを理解することで、自分を楽にしてあげることもできます。「自分を理解をする」作業に挑戦してみるのもカウンセリングの使い方の一つです。

しなくてもいい失敗

何をするにしてもタイミングというものがあると思います。何かをしたあと、後味が悪かったり余計とややこしくなってしまったりするのは、その内容自体が悪いのではなく「タイミングが悪かった」ということも多いのではないかと思います。

良くないタイミングで行動してしまう原因の大部分が「焦り」です。焦ってもひとつも良いことは起こらないのに焦りに勝つのってすごく難しいことだと思います。
焦っている状態は視野が狭く、余裕がありません。そのうえ根拠のない思い込みが頭を支配している場合もあります。そんな普通ではない状態のときににする行動はうまくいかないのが当然です。

いつでも自然に力まず行動できることがベストですが、そんなこと口では言えるけど実際にはとっても難しいです。でも自分の状態に気付くことは普段から気にかけていればできるようになります。
「私はいま焦っている」「これは焦りだ」「ちょっと待てよ」と自分を見つめることができれば、しなくて良い失敗をせずにすみます。しなくていい失敗を減らすことは、自信をつけることにつながります。
失敗から学べることは自分の身になることなのでものすごく大切です。でも、しなくていい失敗は自分を傷つけることの方が多いと思うのです。