関係すること

『コントロールするのではなく、関係する』
最近動画で聞いた、河合隼雄さんが講演でおっしゃっていた言葉です。

人間関係において、徐々に考え方が変わってきたな〜と自分でも思うことがあります。
それは「相手は変えられない」ということです。

遡れば遡るほど「こうした方があなたにとって絶対良いに決まってる」とか「あなたのことを思って」とか真剣にそう考えて、相手を変えようとする言動をしていました。でも、今思い返してもそれで変えられた試しなんて一度もありません。
相手も「そうかも。そうするわ!」と口では言っても結局そうはならないんです。自分発信で変わろうと思わない限り変われません。その”自分発信”のきっかけなれることはあると思いますが。

そんなことを何度か繰り返し、ほかにも人からの話を聞いたり本を読んだりしているうちに「あぁ、無理なんだ」と考えるようになりました。

相手は変えられないとなると、自分の見方や考え方を変えるほかありません。
もちろん心の中では「絶対こうした方がいいと思うけどな〜」と考えたりもするのですが、
「まぁ色々事情があるだろうし、この人の考えもあるだろうし。私がとやかく言うことではないよな〜。うん、見守ろう」と、さっと切り替えます。

でも『コントロールするのではなく、関係する』という言葉を聞いたときに、
「今の私は、まぁコントロールはしていないにしても、関係することをすっぱり切り捨てているのでは」と思ったのです。

私自身(仕事ではなくプライベートで)人と関わることや深く関係を築くことが苦手という自覚があるので、ズキッと痛いところをつかれた感触がありました。

人と関係することって、いろいろな感情を味わうことになるし、不安定だし。私の頭にパッと浮かぶのはネガティブなことばかり……ということに、これを書いていて気づきました。
そういうものを「切り替える」とか「見守る」とかそういう考え方で見ないようにしている部分もあると思います。

うわ〜、本当に今書いていていろいろなことを考えました。これは私の課題であります。

おじいさん

先日スーパーでお会計に並んでいた時、隣のレジで店員さんにガミガミ文句を言っているおじいさんがいました。

何となくその内容を聞いていると、
『カゴの中に自分(おじいさん)の鞄を入れていて、それをどかしてくださいと店員さんに言われた』ことが気に障ったらしく『そんなん言われたの初めてじゃ!』と怒っている模様。

「わ〜おじいさんめっちゃ怒ってらぁ〜」と思いながら私もお会計がが終わって袋に詰めてると、おじいさんも終わって鞄に詰め始め、そのまま帰ると思いきやサービスカウンターに直行。そこにいる店員さんに、自分がお会計をしたレジを指差して「あの店員アカンで」とわざわざ告げ口をしに行ったんです。何がアカンねん……。

私が勝手に考えたことですが、自分が思っていることと違うことを他人から指摘されたとき、それが直接怒りにつながる回路になりがちなのかなと思います。柔軟に対応したり、もしかしてなんか迷惑かけたかな?と想像したりする回路はほそ〜くなってしまっているのかもしれません。
自分が正しいことを曲げたくないし、悪いことをしたって相手に分からせたいと思うからわざわざ告げ口までしたのかな。
とか、帰りの車の中では私はおじいさんのことで頭いっぱい。私もどうかしてます。

こんな30そこらの小娘(おじいさんからしたら)に生意気にもいろいろ考えられて、おじいさんごめんね。と思いながらも「年取っても柔軟でありたい」と強く思った出来事でした。

親切にしてもらったとき

人から親切にしてもらったとき、ソワソワしてしまうことってありませんか?
私はいつもそうなってしまうんです。

ソワソワと落ち着かなくなる感じ……例えがすごく変ですが、よくアニメとかである爆弾を手渡された時みたいな。
火がついていて、もうすぐ爆発しちゃう!って手に持ったままあたふた走り回る図。そんなイメージです。

そのやさしさを「ありがとう」って受け取るだけでいいのに。なんでそれができないんだろう?
感謝をしていないというわけではなく「うわ、やさしくされちゃった、返さなきゃ!」という焦る思いが「嬉しいな」という思いとセットで湧いてくるのです。

きっと、いただいたものを自分の中に留めておくことに何か不安があると思うのです。自分でもよく分からないのですが、その先は『自信の無さ』につながっているような気がしています。どうつながっているんだろう?
自分がされて嬉しかったこととして大切にしまっておいて、それを使う機会があれば惜しみなく使えばいいだけだけなのに。どうして焦るんだろう?
同じような人がいたら教えてもらいたいです。

そういう場面では、意識して落ち着くようにしています。
何だか私のモヤモヤを書いただけになってしまいましたが、同じような思いがある人もいるんじゃないかなと思います。

尽きない悩み

ひとつ問題が解決して「あ〜スッキリ」と思っていたら、また次の問題がぴょこんと芽を出す。
その繰り返しだなぁと、最近思うんです。もうほんと勘弁してくれ!って感じなのですが。

もしかして、私って何かしら悩んでおきたい性格なのか?と思ったり。
じゃあ自分はいったい何を次から次へと悩んでいるんだろう?と考えてみたので、それについて書いておこうと思います。

どうしてこんなにも次々と悩みが出てくるのか。それは『”今自分が選択していること”じゃない方を選んだ方が良いのでは?』と考えてしまうからだと思ったんです。常にもう一方の方を羨ましく思うというか。
全部が全部ではないと思いますが、今の悩みを思い浮かべてみてください。これに当てはまるものもありませんか?

もう一方の方を羨ましく思うからといって、パッとそちらに切り替えられるのかと言われると決してそう簡単にはいきませんよね。だって自分が選んでやっているのは現状のこっちなわけだし。
そんなに簡単には自分を変えることはできません。

最近は「こう考えてしまうのは、もはや人間の習性だろう」と思うようにして、何となくわり切って考えるように努力しています。
「今の方じゃないパターンを選んだとしたら〜」と妄想を楽しむ程度にして、現実に戻る。「今私が選んでいるのはこっち、こっちを見て進めていかないとな」と。
その先で、妄想した方と楽しく交わるかもしれないし、交わらないかもしれないし……。
不安になりすぎず、妄想も現実も良いバランスで受け入れられるようになれば良いなと思います。

一面

普段から忘れないでおこうと心がけていることがあります。
それは「私は今この人の、たった一面しか見ていないのだ」ということです。

例えば、何か自分にグサッと刺さるようなことを言われたとき
「なんでそんなこと言うの!?」と腹が立ったり、
「もうこの人とうまく関われないかもしれない」と不安になったりすることはありませんか?

そういう時に、私は「今そんなこと言ったイヤ〜な感じのこの人は、この人のほんの一面なんだ」と思い出すんです。
あらゆる面があってのたったの一面で、いつもこんなこと言っているわけじゃないんだろう。
お腹空いててイライラしてるのかもしれないし、昨日なにか嫌なことがあったのかもしれない。
そんなことを考えて切り替えるようにしています。
自分がそのことばかり考えて腹が立った状態が長く続くのは、私は嫌です。

たいてい「なんだ、そういう意味だったのか〜」とか「そんなことがあったんならイライラするのも仕方がないわな〜」と後でわかって、嫌な人!!と決めつけなくて良かったなと思うことが多いです。
たぶん、嫌な人!!と決めつけていたらその後のタネ明かしの部分に目を向けにくく、そのまま悪いところばかりに注目してしまうようになるのだろうと思います。

少し注意しておきたいのは、この捉え方がどんな時にも役立つようなことではないということです。
本当に違うときは、素早くサッととその人の前から去るべきときもあります。
それは普段からの関わりの多さや、社会的に関わらざるを得ない関係かどうかなどで考えていくと良いと思います。
いつも通りの自分でいられるように自分の心と相談しながら、その都度対応していくことを大切にしてください。

心のバランス

例えば、仕事が忙しくなると自分の時間が取れなくなっていきますよね。
すごく当たり前のことですが、この時に自分の「限度」を決めておくこと、知っておくことがとても大事なんだと実感したことがあります。

人それぞれその「限度」は違います。
自分の生活の中でどのくらいまでなら仕事に費やせますか?
睡眠時間はどのくらいあれば疲れがある程度取れますか?
趣味にかける時間はどのくらいあればリフレッシュできますか?

このようなことを普段から自分で探っておくと良いと思います。
このバランスが崩れると良くないです。徐々にですが心身に影響が出てきます。

私の場合、今まで好きでやっていたことが自然と手が伸びなくなっていました。
別に嫌いになったわけじゃないんだけど、何となく面倒臭いというか、別にいいか〜と思ったり。
「今までよくやっていたのに…実はあんまり好きじゃなかったのかな?」とか考えたりしていたのですが、時間に余裕ができると、また自然にするようになっていました。
その時に「これは危なかったな」と思ったんです。

「仕事だから」と思うと、自分の時間を割くことにあまり抵抗がないかもしれません。
そうやってじわじわとバランスを崩していって、気づいた時には「鬱状態になっていました」では遅いです。またいつもの自分に戻るのには時間がかかります。

普段から心のバランスを探ってみておくと良いと思います。

【5月の予定】

今月もよろしくお願い致します。

自習可能時間
平日  16:30〜21:30
土 15:00〜21:30
日 13:00〜20:00

26(日)13:00〜16:00

お休み
29日(土)、30日(日)、31日(月)

声色

声のトーンって結構手がかりになるな〜と最近よく感じるので、書いておこうと思います。

個別指導の仕事では、毎週決まった子とある程度の時間を過ごします。
それを繰り返しているせいなのか、「こんにちは〜」の一言で、「おや?」と思えるようになってきました。
「なに?今日怒られたの?」と聞くと「何でわかったの?」と返ってきたり、
「ん?なんかあった?」と聞くと「今日さぁー」と話が出てきたり。

そんなことまで分かるんです!と自慢しているわけではなく、
そのくらい『人の心は声に影響する』ということを言いたいんです。

カウンセリングでは、初めて会う方と50分間お話をしますが、その時間内でも声って変わります。
仕事の話をしているときは大きめの歯切れのよい声だったのが、自分の話に話題が変わると小さくておそるおそる話すような声になったりと、思っていることをはっきり口にしなくても「あれ?ちょっと様子が違うな」と分かります。

「何となく」くらいで良いと思います。別にそれを会話の中で生かしてください。というわけでもなく…。
相手の声に少し意識を向けてみると、コミュニケーションの幅が少し広がるかもしれないし、相手の状況をわかりたい時の一つの手段にできると良いなと思います。

燃料

「防げる失敗は防いだ方がいい」と思います。
では挑戦をしない方がいいのか?ということではなく「事前の準備や対策、その人に見合った範囲での挑戦か」などを考えることが大切だということです。

その上での失敗は、反省点の方に目が向きやすく、次につながりやすいです。
ただ心のダメージになるだけの失敗は「自信」もいっしょに持って行ってしまうと思うのです。

大人になると、それも全て自己責任。自分の判断でやってきたことなので自分で受け止めて、自分で癒す手段を探して何とか乗り越えていくしかありません。自分の力でその失敗を肥やしに変えていくことです。

でも、まだ子どものうちは、まわりの大人がしっかりと見ておいた方がいいと思うのです。
限られた枠の中で生きていて、周りの子や大人の意見に左右されることもあるでしょう。自分の判断だけでは進められないことの方が多いと思います。
そんな中で、あまりにも現実とかけ離れた目標を立てていたり、それは本当に自分の考えなの?と聞きたくなるようなことを目指していたりする場合は、ちょっと一緒に考える時間を取る方がいいと思います。否定することはぐっと我慢して。

防げる失敗は防いで、なるべく自信を守っていく方が良いです。
自身は何かを始める時の燃料になるから、大切に貯めていくものだと思います。これからたくさん必要になります。
私は子どもと関わることが多い仕事なので、その中で感じたり、自分の子どもの頃から大人になるまでの失敗について考える中で、こう思うようになってきました。そして、注意して関わるようにしています。
たぶんその方が良いと思うので、もし共感してくださる方がいれば、注意して見ていってください。

返信を待つとき

例えば、誰かにメッセージを送ってからなかなか返信がない時、不安になることってありませんか?

私はちょっと気にしいなところがあるので、そういう状況では早い段階で、
「私なんかしたっけかな?」と考えてしまいます。
一度そう思ってしまうと、その人と最近とったやりとりを思い返して、
「もしやあの発言が気に障ったのか?」とか「あれはやらない方がよかったのか?」とどんどん掘り返していくわけです。
そうこうしているうちにポロンと返信が来て、「あ〜よかった、怒ってないや」とひと安心。

……しかしこの悶々と悩む時間は毎度やらんとだめですか?と自分に思うのです。

そこで「私なんかしたっけかな?」以外のレパートリーを増やすことを意識するようにしました。
返信できないのは…
寝ている。仕事中。携帯手元にない。ごはん食べてる。映画見てる。外で遊んでいる。など。
こうやって考えてみると、自分に置き換えてもそういう状況のときは返事できない時があるし、だいたい「怒ってて」返信しない状況なんか今までにあったか?と冷静に考えるとそんな心配はしなくても良いことに気がつきます。

いや、そんなこと考えないよ!という人が大半かもしれないのですが、私と同じように不安になってしまう人も確実にいると思います。そんな人はぜひ、種類豊富に、軽い気持ちでぽんぽんと思い浮かべてみてください。