教えないようにして教える

「教えないようにして教えることでしか身につかない」というようなことを何かの本で読んで、とても印象に残っています。うまく説明することはできないんだけど、自分もこのような仕事をしている中で「そうかもしれないなぁ」と思うことがしばしばあります。

「教える」というのはどこか一方的な感じも含んでいると思います。もちろんどの場面にもあてはまるわけではありませんが、ちょっと頭の片隅にそのことを置いておかないといけないなとは思っています。
相手がいる場合、どれだけ一生懸命でも一方的なことはあまり残らないと、なんとなくこれまでの経験で私はそう思っています。

だから、例えば相手に「これは分かってもらわないと困るな」というところほど、相手と同じ目線になって一緒に考えるというような方法にいつの間にかなっていました。
「教える」だけでは、相手は退屈だったり、別に知りたくないし、そんな風に思わないし、とかいろいろ考えるんだと思います。
そういう雑念をどかすためには「一緒に考える」「一緒にやる」というスタンスがいいのかもしれません。

この前、カフェでお隣に座った男女が話しているのを聞いていると(聞こうと思って聞いていたのではありません。私は本を読んでいたので勝手に耳に入ってきました)、
女の人がポロリと言った悩みに対して、男の人が一生懸命自分の考えを話していました。
俺ならこうするよ、こうしてた人を知っているよ、こうした方がいいんじゃない?だってこう思うんでしょ?ペラペラペラペラ……
きっと女の人のことを思って一生懸命伝えているんだろうなと思うのですが、女性の方はうん、うんと相槌を打つだけで特に心が動いた様子はありませんでした。
男の人がトイレに行った時に「ねぇねぇ今の人が言ってたこと分かった?」と話しかけたいくらい一方的な会話で、あらためて上記のようなことは大切なのかもと思ったのです。

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